中国とは 中国 -
この項目では主に漢民族(中国におけるマジョリティ)や華夏族が居住した地域について記述しています。その他の用例については中国
【参考サイト名】 中国 - Wikipedia
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この項目では主に漢民族(中国におけるマジョリティ)や華夏族が居住した地域について記述しています。その他の用例については中国 (曖昧さ回避)をご覧ください。 中国(ちゅうごく、?音: Zh?ngguo)は元々の中心地域に中原漢民族が居住していたことからこの名称が用いられるようになった。日本で使用され始めたのは、中国政府(中華民国政府)の要求で外交文章として登場した1930年からである。ただし、日本で一般的に使用されたのは戦後のことである。それ以前は支那(更に古くは唐土)とも呼称していた(尤も儒学者の間では古くからこの呼称は知られており、徳川光圀や山鹿素行らは日本自身をアジアの中心の国である「中国」と呼称して幕末の尊王論の広まりとともに使われてきた例がある。)。現在中国では地理的に、アジア大陸の東部に広がる地域、亜大陸とそれに付随する島嶼を指して使用している。また中国ではその地域に紀元前から継続する文明の総体を指して使用している。この地域は様々な民族が入り混じってきたが、実質的には、漢民族の居住してきた地域とほぼ一致し、漢民族の拡大とともに領域を拡大してきた。戦後、一時合作していた中国共産党と中国国民党が再び全面戦争を行った。この戦いに勝利し、大陸部を実質的に支配した中華人民共和国と、敗北し台湾島に後退して大陸支配の正当性を訴える中華民国という二つの国家に分かれた。この分断は現在に至り、両岸問題という形でいまだ政治的な問題として存続している。 中国は「国の中心」、または中華思想に基づき「世界の中心」を意味し、少なくとも『史記』や『文選』などには、「中原(ちゅうげん)」の意味に使用されていた。このように本来は特定の民族、国家を指す語ではないが、中心地域に中原漢民族が居住していたことからこの名称が用いられてきた。辛亥革命以前は「国家」という概念が無く、『「天下」あって「国家」無し』という状態だったため王朝の名前が使われたようであるが、辛亥革命後に近代的な国民国家形成を目指し1912年に中華民国が成立してから後は、中華人民共和国・中華民国のそれぞれの国号の略称にもなった。 本来「華」は「夷」「戎」「蛮」「狄」「倭」などの周辺民族に対して、優れた文化を持った者を意味し、黄河の流域に都市国家を築いて漢民族を形成していった人々によって自称として用いられた。ここから、「中心の国に住む優れた文化」という意味の「中華」や、その持ち主という意味の「華人」という呼称が生まれ、中華人民共和国・中華民国の国号や「華僑」という言葉はこれに由来している。 古代ギリシアでは、中国の特産品である絹を意味する「セール(σηρ)」という言葉から派生した「セレス」という呼称が使われていた。しかし、やがて後述する「チーナ」に由来する「スィーン」が伝わるとその系統の呼称に取って代わられた。 漢字圏以外からは、古くは秦に由来すると考えられるチーナ、シーナという呼称が一般的に用いられ、古代インドではチーナスタンとも呼んだ。これが仏典において漢訳され、「支那」「震旦」などの漢字をあてられる。この系統の呼称はインドを通じて中東に伝わってアラビア語などの中東の言語ではスィーン (S?n) となり、ヨーロッパではギリシャ語・ラテン語ではシナエ (Sinae) に変化する。また、更に後にはインドの言葉から直接ヨーロッパの言葉に取り入れられ、China(英語)、Chine(フランス語)などの呼称に変化した。 日本においては、江戸時代末期に、清を指して「支那」と同じ語源を持つとされるChinaなどの訳語として、言わば逆輸入語として仏典から復活し、広く使われるようになった。しかし、一部の日本人が中国人を支那人と蔑んで呼ぶ事があったとして、差別的ニュアンスを感じさせる言葉と認識する中国人、日本人も存在する。
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